津本陽さんの小説『天狗剣法』おもしろいですね。実在する法神流という流派が気になって読みました。片足立ちや跳躍を駆使することから、天狗の剣術と呼ばれてるらしい。昭和天覧試合では、流派出身者が優勝されて有名になったとのこと。小説は、法神流二代目を継承された須田房吉の物語でした。とくに気になったのが「無心」のくだりです。
敵に対して無心でいる。ただ何も考えずぼんやりしているのではない。無心でいながら敵を見ている。敵が隙をあらわすと、打とうとか払おうなどと思わず、吸いこまれるように攻めこんでゆく。
動くべきときに動けて。過不足なく動けて。考えると遅くて。思うと迷って。無心だからできること。でも、何も考えてないと、ぼーっとしてるだけで動けなくて。見て感じて動くの、むずかしいですね。どうしようか考えてしまうし、あれこれ思ってしまうし。
たとえば、困ってる人に気づいたとき、思うよりも早くぱっと動けてしまう人。利害とか損得とか考えてなくて。失敗とか恥ずかしいとか怖がってなくて。無心で動けてる感じしますよね。まるで困ってる人に吸いこまれるように、手をさしのべられてる感じ。見返りも求めず、私利私欲もなく、無心でいながら人を見てるの、剣術と同じなのかも。