見えてるのに見ていない。視界に入ってても認識できてない状態になるのびっくりで、「見えないゴリラ実験」のくだりがとても興味深いです。
1999年に行った最初の『見えないゴリラ実験』では、バスケットボールのパスの回数を数えるのに夢中になっている人は、ゴリラの着ぐるみを着た人間が画面の真ん中を歩いているのを見逃す可能性があることがわかった。
全員“カモ”―「ズルい人」がはびこるこの世界で、まっとうな思考を身につける方法
紹介されてるYouTube動画みてみました。ゴリラが通ると知って見たので、ゴリラが通ってるのすぐわかりましたが、ゴリラ知らないでパスの回数を数えてたら、黒い物体が通ったくらいにしか感じないかも。とてもおもしろい映像ですね。
見えてはいても見ていない。たとえばテレビ中継、そこに友人がいるとわかっていれば探してみつけることができても、知らずにみてたら友人がいるなんて思ってないので、いてもわからない感じでしょうか。集中と思い込み、受け取る印象が変わる現象、とても興味深いです。
アンテナ張ってると、知りたい情報に気づけるというのも、そこに欲しい情報があるとおもって探してるからなのかも。漠然と本を読んでても、頭にはいらなくて、本を読んでも読んでない感じ。掘り下げてるテーマや課題があったりすると、それが書かれてる部分に敏感になってる感じ。同じものみても、楽しめるか楽しめないかって、何を意識してるかって違いなのかも。とても勉強になりました。